だが、殺人犯の雨宮潤一は、この際「女」を感じる余裕など持たなかった。
闇を歩いていると、ともすれば、つい二、三時間前の激情がよみがえり、彼のかつての恋人の咲子が、喉をしめつけられながら、歯のあいだから舌を出して、口の端からタラタラと血を流して、牛のように大きな眼で、彼をにらみつけた形相が、空中を引っかくようにした断末魔の五本の指が、行く手一ぱいの巨大な幻となって、彼をおびやかした。
しばらく行くと、広い空地のまん中に、赤煉瓦らしい平家の洋館がポッツリと建って、そのまわりをこわれかけた板塀がかこんでいた。