そこには、支配人をはじめ三人のボーイが、ひどく緊張して見張り番を勤めていたのだけれど、なにをいうにも百人に近い泊り客、そこへそれぞれそとからのお客様があるのだから、一人一人の顔を見覚えているわけではないし、それに、目ざすは緑川夫人と、女客ばかりを注意していたものだから、ニッコリえしゃくして通り過ぎたこの青年紳士を、まさかそれとは思いもよらず、「どうもお騒がせいたしまして」と、丁寧にお辞儀までして、送り出したのであった。
青年紳士は、玄関の石段をコツコツ降りると、おひろいで、口笛など吹きながら、ゆっくりと門のそとへ歩いて行った。
ホテルの塀にそって、薄暗いペーヴメントを、少し行った所で、煙草を吹かしながら様子ありげにたたずんでいる一人の洋服男に出会った。