それよりさらに古いマーク・トウェーンの「抜けウイルソン」は、邦訳では指紋という言葉が使われているが、私は原本を持たないので、訳者の佐々木邦氏に問い合せたところ、同氏も原本をなくしておられ、わざわざ神戸のトウェーン通、西川玉之助翁(八十七歳)に手紙してくださったので、西川翁から詳細なご返事をいただいた。
それによると、「抜けウイルソン」には Finger-Prints という字が使われているということであった。
「抜けウイルソン」は、近所の人々の指紋を片っぱしからガラス板に蒐集して楽しんでいるウイルソンという風変りの人物を描いたもので、そのころ世間では指紋に個人鑑別の力があるなどと少しも知らず、物好きな変り者として嘲笑されていたが、それが計らずも、ある犯罪事件の犯人を確定する手掛りになるという話で、指紋鑑識などほとんど考えられていなかった時代の、創意的着想である。