続いて儒医、辻原元甫があらわした「智恵鑑」(万治三年、一六六〇年)が古い。
この本は内容の大部分を明の時代の「知嚢」からとったもので、政治、軍事その他世事百般の知謀術策の物語が集めてあるが、その第三巻「察智」の巻が裁判物語である。
その次に出たのが西鶴の「本朝桜陰比事」(元禄二年、一六八九年)で、これは題名を「棠陰比事」になぞらえているが、内容はかならずしも同書からとったものではない。
続いて儒医、辻原元甫があらわした「智恵鑑」(万治三年、一六六〇年)が古い。
この本は内容の大部分を明の時代の「知嚢」からとったもので、政治、軍事その他世事百般の知謀術策の物語が集めてあるが、その第三巻「察智」の巻が裁判物語である。
その次に出たのが西鶴の「本朝桜陰比事」(元禄二年、一六八九年)で、これは題名を「棠陰比事」になぞらえているが、内容はかならずしも同書からとったものではない。