いま思いつくいちじるしい例をあげるならば、もがけばもがくほど、一分ずつ一寸ずつジリジリと身を没していく、底なしの泥沼におちいった人間の恐怖、頑強な身体を持ちながらどうにも抵抗のできない気持、表面は固体のように見えていて、その実どこまでも底のないという異様の恐怖、長いあいだかかって腰から腹、腹から胸、頸、顎、口、鼻と没していき、最後にもがく指だけが残って、それも見えなくなると、あとにはなにごともなかったようにじっとよどんでいる泥沼の表面、これらのすべての条件が、どんなお化けよりも、どんな拷問よりもいっそう深く鋭いスリルを生むのである。
また、たとえば磁石を失った曇天続きの砂漠旅行者の恐怖がある。
見渡すかぎりの砂、空には鼠色の雲ばかり、太陽も月も星も方角の目印となるものは何もない。