つまり、妙ないい方をすると、ドストエフスキーは「スリルの悪魔」であり、「スリルの神様」である。
ゾシマ伝の中から、私の最も愛するスリルを、たった一つだけ例示してみるならば、青年時代のゾシマが、痴情のことから決闘をする物語があるのだが、その場になって、彼は相手にだけ発砲させ、自分は発砲しないで決闘を終ってしまう。
後年のゾシマ長老の聖なる思想が働いたのである。
つまり、妙ないい方をすると、ドストエフスキーは「スリルの悪魔」であり、「スリルの神様」である。
ゾシマ伝の中から、私の最も愛するスリルを、たった一つだけ例示してみるならば、青年時代のゾシマが、痴情のことから決闘をする物語があるのだが、その場になって、彼は相手にだけ発砲させ、自分は発砲しないで決闘を終ってしまう。
後年のゾシマ長老の聖なる思想が働いたのである。