これはたんにいわゆるスリラアについていっているので、私の上述したような高等スリルには及んでいないのかも知れぬけれど、それにしても、探偵小説からスリルを排斥する潔癖は、結局それを貧困にするばかりであろう。
そういう考え方をするよりは、探偵小説の「論理」と犯罪文学の「心理」とを結婚させ、その両方の魅力をないまぜていくところに探偵小説の将来があるのではないか。
実際についていえば、そういう議論だけは行われていても、ほんとうにスリルと絶縁した探偵小説なんてありはしないのだ。
これはたんにいわゆるスリラアについていっているので、私の上述したような高等スリルには及んでいないのかも知れぬけれど、それにしても、探偵小説からスリルを排斥する潔癖は、結局それを貧困にするばかりであろう。
そういう考え方をするよりは、探偵小説の「論理」と犯罪文学の「心理」とを結婚させ、その両方の魅力をないまぜていくところに探偵小説の将来があるのではないか。
実際についていえば、そういう議論だけは行われていても、ほんとうにスリルと絶縁した探偵小説なんてありはしないのだ。