話している間に、彼女は合資会社碌々商会の出資社員の一人である実業家小山田六郎氏の夫人、小山田静子であったことが分って来たが、幸なことには、彼女は探偵小説の読者であって、殊に私の作品は好きで愛読しているということで(それを聞いた時私はゾクゾクする程嬉しかったことを忘れない)つまり作者と愛読者の関係が私達を少しの不自然もなく親しませ、私はこの美しい人と、それきり別れてしまう本意なさを味わなくて済んだ。
私達はそれを機縁に、それから度々手紙のやり取りをした程の間柄となったのである。
私は、若い女の癖に人気のない博物館などへ来ていた静子の上品な趣味も好ましかったし、探偵小説の中でも最も理智的だと云われている私の作品を愛読している彼女の好みも懐しく、私は全く彼女に溺れ切ってしまった形で、誠に屡々彼女に意味もない手紙を送ったものであるが、それに対して、彼女は一々鄭重な、女らしい返事をくれた。