彼等が結婚してから三年目かに、静子の母親が病死したこと、それから暫くして、小山田氏が会社の要務を帯びて、二年ばかり海外に旅をしたこと(帰朝したのはつい一昨年の暮であったが、その二年の間、静子は毎日茶、花、音楽等の師匠に通って、独居の淋しさを慰めていたのだと語った)などを除いては、彼等の一家にはこれという出来事もなく、夫婦の間柄も至極円満に、仕合せな月日が続いた。
夫の小山田氏は大の奮闘家で、その七年間にメキメキと財をふやして行った。
そして、今では同業者の間に押しも押されもせぬ地盤を築いていた。