と云っても癪に触ることには、けなすのは多くは私の方で、春泥は時たま私の議論を反駁して来ることもあったが、大抵は超然として沈黙を守っていた。
そして、次々と恐ろしい作品を発表して行った。
私はけなしながらも、彼の作に籠る一種の妖気にうたれないではいられなかった。
と云っても癪に触ることには、けなすのは多くは私の方で、春泥は時たま私の議論を反駁して来ることもあったが、大抵は超然として沈黙を守っていた。
そして、次々と恐ろしい作品を発表して行った。
私はけなしながらも、彼の作に籠る一種の妖気にうたれないではいられなかった。