本田の云う所によると、春泥は小説を書き始めた頃は郊外の池袋の小さな借家に住んでいたが、それから文名が上り、収入が増すに従って、少しずつ手広な家へ(と云っても大抵は長屋だったが)転々として移り歩いた。
牛込の喜久井町、根岸、谷中初音町、日暮里金杉等々、本田はそうして春泥の約二年間に転居した場所を七つ程列挙した。
根岸へ移り住んだ頃から、春泥は漸くはやりっ子となり、雑誌記者などが随分おしかけたものであるが、彼の人嫌いはその当時からで、いつも表戸をしめて、奥さんなどは裏口から出入りしているといった風であった。