牛込の喜久井町、根岸、谷中初音町、日暮里金杉等々、本田はそうして春泥の約二年間に転居した場所を七つ程列挙した。
根岸へ移り住んだ頃から、春泥は漸くはやりっ子となり、雑誌記者などが随分おしかけたものであるが、彼の人嫌いはその当時からで、いつも表戸をしめて、奥さんなどは裏口から出入りしているといった風であった。
折角訪ねても逢ってはくれず、居留守を使って置いて、あとから手紙で、「私は人嫌いだから、用件は手紙で申送ってくれ」という詫状が来たりするので、大抵の記者はへこたれてしまい、春泥に会って話をしたものは、ほんの数える程しかなかった。