象潟警察署長は、部下の刑事に命じて、嘗つて私がした様に、春泥の最後の住居であった上野桜木町三十二番地附近を調べさせたが、流石は専門家である、その刑事は苦心の末、春泥の引越荷物を運搬した運送店を発見して(それは同じ上野でもずっと隔った黒門町辺の小さな運送店であったが)それからそれへと彼の引越先を追って行った。
その結果分った所によると、春泥は桜木町を引払ってから、本所区柳島町、向島須崎町と、段々品の悪い所へ移って行って、最後の須崎町などはバラック同然の、工場と工場にはさまれた汚らしい一軒建ちの借家であったが、彼はそこを数ヶ月の前家賃で借り受け、刑事が行った時にも、家主の方へはまだ彼が住まっていることになっていたが、家の中を調べて見ると、道具も何もなく、ほこりだらけで、いつから空家になっていたか分らぬ程、あれ果てていた。
近所で聞合せても両隣とも工場なので、観察好きのお神さんという様なものもなく、一向要領を得ないのであった。