だが、たった一つ丈け、これが事件解決の鍵ではないかと思われる、不思議な事実が分ったことを、ここに書添えて置かねばなるまい。
というのは、私は六郎氏の死体の冠っていた、例の鬘に着眼して、その出所がどうやら、浅草附近らしく思われたので、その辺の鬘師を探し廻った結果、千束町の松居という鬘屋で、とうとうそれらしいのを捜し当てたのだが、ところがそこの主人の云う所によると、鬘その物は死体の冠っていたのとすっかり当てはまるのだけれど、それを註文した人物は、私の予期に反して、いや私の非常な驚きにまで、大江春泥ではなくて、小山田六郎その人であったのだ。
人相もよく合っていた上に、その人は註文する時、小山田という名前をあからさまに告げて、出来上ると(それは昨年の暮も押つまった時分であった)彼自身足を運んで受取りに来たと云うことであった。