若しや私も、非常に恥しいことだけれど、故六郎氏と同じ変質者の一人ではなかったのであろうか。
四月二十日、故人の命日に当るので、静子は仏参をしたのち、夕刻から親戚や故人と親しかった人々を招いて、仏の供養を営んだ。
私もその席に連ったのであるが、その晩湧き起った二つの新しい事実、(それはまるで性質の違う事柄であったにも拘らず、後に説明かす通り、それらには、不思議にも運命的な、あるつながりがあったのだが)恐らく一生涯忘れることの出来ない、大きな感動を私に与えたのである。
若しや私も、非常に恥しいことだけれど、故六郎氏と同じ変質者の一人ではなかったのであろうか。
四月二十日、故人の命日に当るので、静子は仏参をしたのち、夕刻から親戚や故人と親しかった人々を招いて、仏の供養を営んだ。
私もその席に連ったのであるが、その晩湧き起った二つの新しい事実、(それはまるで性質の違う事柄であったにも拘らず、後に説明かす通り、それらには、不思議にも運命的な、あるつながりがあったのだが)恐らく一生涯忘れることの出来ない、大きな感動を私に与えたのである。