春泥はあの短篇集の中で、たった一人でいる人を(殊に女を)少しも気づかれぬ様に隙見することの、世にも不思議な楽しさを、繰返し説いていますが、六郎氏がこの彼にとっては恐らく新発見であった所の、新しい趣味に共鳴したことは想像に難くありません。
彼は遂に春泥の小説の主人公を真似て、自から屋根裏の遊戯者となり、自宅の天井裏に忍んで静子夫人の独居を隙見しようと企てたのであります。
小山田家は門から玄関まで、相当の距離がありますので、外出から帰った折など、召使達に知れぬ様、玄関脇の物置に忍込み、そこから天井伝いに、静子の居間の上に達するのは、誠に雑作もないことです。