それらは、他日私がこの事件を小説に仕組む折、もっと詳しく書き記すこととして、ここには、その情事生活の間に、私が静子から聞き得た、一つの事実を書添えて置くに止めよう。
それは例の六郎氏の鬘のことであったが、あれは正しく六郎氏が態々註文して拵えさせたもので、そうしたことには極端に神経質であった彼は、静子との寝室の遊戯の際、絵にならぬ彼の禿頭を隠す為、静子が笑って止めたにも拘らず、子供の様に真剣になって、それを註文しに行ったとのことであった。
「なぜ今迄隠していたの」と私が尋ねたら、静子は「だって、そんなこと恥しくって、云えませんでしたわ」と答えた。