それは例の六郎氏の鬘のことであったが、あれは正しく六郎氏が態々註文して拵えさせたもので、そうしたことには極端に神経質であった彼は、静子との寝室の遊戯の際、絵にならぬ彼の禿頭を隠す為、静子が笑って止めたにも拘らず、子供の様に真剣になって、それを註文しに行ったとのことであった。
「なぜ今迄隠していたの」と私が尋ねたら、静子は「だって、そんなこと恥しくって、云えませんでしたわ」と答えた。
さて、そんな日が二十日ばかりも続いた頃、あまり顔を見せないのも変だというので、私は口を拭って小山田家を訪ね、静子に逢って一時間ばかり、しかつめらしく談話を交したのち、例の御出入の自動車に送られて、帰宅したのであったが、その自動車の運転手が、偶然にも嘗つて私が手袋を買取った、青木民蔵であったことが、又しても私があの奇怪な自昼夢へと引込まれて行くきっかけとなったのである。