さて、そんな日が二十日ばかりも続いた頃、あまり顔を見せないのも変だというので、私は口を拭って小山田家を訪ね、静子に逢って一時間ばかり、しかつめらしく談話を交したのち、例の御出入の自動車に送られて、帰宅したのであったが、その自動車の運転手が、偶然にも嘗つて私が手袋を買取った、青木民蔵であったことが、又しても私があの奇怪な自昼夢へと引込まれて行くきっかけとなったのである。
手袋は違っていたが、ハンドルにかかった手の形も、古めかしい紺の春外套も(彼はワイシャツの上にすぐそれを着ていた)その張り切った肩の恰好も、前の風よけガラスも、その上の小さな鏡も、凡て約一ヶ月以前の様子と少しも違わなかった。
それが私を変な心持ちにして行った。