第一あの真に迫った脅迫状の筆蹟が、私の妄想した様に六郎氏の偽筆だったというのは、甚だ考え難いことではないか。
嘗つて本田も云ったことだが、仮令春泥の文字は似せることが出来ても、あの特徴のある文章を、しかも方面違いの実業家であった六郎氏に、どうして真似ることが出来たのであろう。
私はその時まで、すっかり忘れていたけれど、春泥作「一枚の切手」という小説には、ヒステリィの医学博士夫人が、夫を憎む余り、博士が彼女の筆蹟を手習して、贋の書置きを作った様な証拠を作り上げ、博士を殺人罪に陥れようと企らんだ話がある。