殺人罪は犯されなかったのです。
西村社長は当時事業上非常な苦境にあり、五万円の贋造紙幣を買入れたりした程で(折鞄の中の二千円もその贋造紙幣でした)煩悶に煩悶を重ねていた所へ、争議が起り、黒マントの人物が侵入して来たりして、心痛の極一時的狂気の発作を起し、窓から飛降りる様なことになったのです。
飛降りたのは五階ではなく、黒マントの男と会見した三階の空部屋の窓でしたから、それ丈けでは命を失う程のこともなかったでしょうが、西村は動脉瘤の患者であって、衝戟の為にその患部が破裂し、大動脉出血が死因となったのでした。