といいますのは、門野は先から申します様に、非常に憂鬱なたちだものですから、自然引込思案で、一間にとじ籠って本を読んでいる様な時間が多く、それも、書斎では気が散っていけないと申し、裏に建っていました土蔵の二階へ上って、幸いそこに先祖から伝わった古い書物が沢山積んでありましたので、薄暗い所で、夜などは昔ながらの雪洞をともして、一人ぼっちで書見をするのが、あの人の、もっと若い時分からの、一つの楽みになっていたのでございます。
それが、私が参ってから半年ばかりというものは、忘れた様に、土蔵のそばへ足ぶみもしなくなっていたのが、ついその頃になって、又しても、繁々と土蔵へ入る様になって参ったのでございます。
この事柄に何か意味がありはしないか。