毎朝六時がうつと、長屋の共同水道で顔を洗って、ポンポンと、よく響く拍手で、今日様を礼拝して、今年十二歳の、学校行きの姉娘が、まだ台所でごてごてしている時分に、格二郎は、古女房の作ってくれた弁当箱をさげて、いそいそと木馬館へ出勤する。
姉娘がお小遣をねだったり、癇持ちの六歳の弟息子が泣きわめいたり、何ということだ、彼にはその下にまだ三歳の小せがれさえあって、それが古女房の背中で鼻をならしたり、そこへ持って来て、当の古女房までが、頼母子講の月掛けが払えないといっては、ヒステリィを起したり、そういうもので充たされた、裏長屋の九尺二間をのがれて、木馬館の別天地へ出勤することは、彼にはどんなにか楽しいものであったのだ。
そして、その上に、あの青いペンキ塗りの、バラック建ての木馬館には、「ここはお国を何百里」と日ねもす廻る木馬の外に、吹きなれたラッパの外に、もう一つ、彼を慰めるものが、待っていさえしたのである。