それに乗るお客達も、それを取まく見物達も、彼等も亦、あの胸の底には、数々の苦労を秘めているのであろうか、でも、上辺はさも楽し相に、木馬と一緒に首をふり、楽隊の調子に合せて足を踏み、「風と波とに送られて……」と、しばし浮世の波風を、忘れ果てた様である。
だが、その晩は、この何の変化もない、子供と酔っぱらいのお伽の国に、というよりは、老ラッパ手格二郎の心に、少しばかりの風波を、齎すものがあったのである。
あれは、公園雑沓の最高潮に達する、夜の八時から九時の間であったかしら、その頃は木馬を取りまく見物も、大げさに云えば黒山の様で、そんな時に限って、生酔いの職人などが、木馬の上で妙な格好をして見せて、見物の間に、なだれの様な笑い声が起るのだが、そのどよめきをかき分けて、決して生酔いではない、一人の若者が、丁度止った木馬台の上へヒョイと飛びのったものである。