仮令、その若者の顔が少しばかり青ざめていようと、そぶりがそわそわしていようと、雑沓の中で、誰気づく者もなかったが、ただ一人、装飾台の上の格二郎丈けは、若者の乗った木馬が丁度彼の目の前にあったのと、乗るがいなや、待兼ねた様に、お冬がそこへ駈けつけて、切符を切ったのとで、つまり半ばねたみ心から、若者の一挙一動を、ラッパを吹きながら正面を切った、その眼界の及ぶ限り、謂わば見張っていたのである。
どうした訳か、切符を切って、もう用事は済んだ筈なのに、お冬は若者の側から立去らず、そのすぐ前の自動車の凭れに手をかけて、思わせぶりに身体をくねらせて、じっとしているのが、彼にしては、一層気に懸りもしたのであろうか。
が、その彼の見張りが、決して無駄でなかったことには、やがて木馬が二廻りもしない間に、木馬の上で、妙な格好で片方の手を懐中に入れていた若者が、その手をスルスルと抜き出して、目は何食わぬ顔で外の方を見ながら、前に立っているお冬の洋服の、お尻のポケットへ、何か白いものを、それが格二郎には、確かに封筒だと思われたのだが、手早くおし込んで、元の姿勢に帰ると、ホッと安心のため息を洩した様に見えたのだ。