偶然浅草公園の共同ベンチで出逢った男が、昔の恋人の兄弟であって、しかも、その男からまるで予期しなかったその人の心持を知るなんて、それも、私達が以前に逢っているのだったら、さして不思議でもないのですが、まるで見ず知らずの間柄で、双方相手の顔を覚えていたのですからね。
そのことがあってから、当分というものは、私はすみ子のことばかり考えて居りました。
あの時私に、なぜもっと勇気がなかったかと、それも無論残念に思わぬではありませんが、何をいうにも年数のたったことではあり、こちらの年が年ですから、そんな現実的な事柄よりは、単に何となく嬉しくて、又悲しくて、家内の目を盗んでは、形見の懐中鏡と写真とを、眺め暮し、夢の様に淡い思出に耽るばかりでした。