その夕方、午後五時頃であったが、僕は勤め先のA新聞社からの帰りがけに、兼ねて黒川先生から依頼されていた心霊学会例会の打合せの用件で、牛込区河田町の姉崎夫人邸に立寄った。
多分君も知っている通り、あの辺は、道の両側に毀れかかった高い石垣が聳え、その上に森の様な樹木が空を覆っていたり、飛んでもない所に草の生えた空地があったり、狭い道に苔の生えた板塀が続いていて、その根元には蓋のない泥溝が横わっていたりする、市内の住宅街では最も陰気な場所の一つだが、姉崎未亡人の邸は、その板塀の並んだ中にあって、塀越しに古風な土蔵の屋根が見えているのが目印だ。
姉崎家の門よりは電車道よりに、つまり姉崎家の少し手前の筋向うに当る所に、今云った草の生えた空地があって、その隅に下水用の大きなコンクリートの管が幾つもころがっているのだが、多分その管の中を住いにしているのだろう、一人の年とった男の片輪乞食が、管の前に躄車を据えて、折れた様に座っていた。