同じ蔵の二階の片隅に彼女の不断着が脱ぎ捨ててあった所を見ると、被害者は蔵の中へ這入るまではちゃんと着物を着ていたことは確かで、その二階へ来てから自から脱いだか、犯人に脱がされたかしたものに相違ないのだが、それがこの殺人事件にどんな意味を持っていたのかちょっと想像がつかないのだ。
それからもう一つの点は、(この方が一層奇怪であって、姉崎夫人殺害事件中での最も著しい事実なのだが)夫人の死体には先に記した致命傷の外に、全身に亙って六ヶ所に、小さい斬り傷があったことだ。
鑑定書の口調をまねて詳しく云うと、右三角筋部、左前上膊部、左右臀部、右前大腿部、左後膝部の六ヶ所に、長さ三センチから一センチ位までの、剃刀様の兇器によるものと覚しき軽微な斬り傷があって、そこから六本の血の河が全身に異様な縞を描いていたのだ。