この人はひょっとしたら、裏側の峡谷に面した、日のささぬ部屋を借りるかも知れないと思っていると、案の定、そこの五階の北の端の、一番人里離れた(ビルディングの中で、人里はおかしいですが、如何にも人里離れたという感じの部屋でした)一番陰気な、随って室料も一番廉い二部屋続きの室を選んだのです。
そうですね、引越して来て、一週間もいましたかね、兎に角極く僅かの間でした。
その香料ブローカーは、独身者だったので、一方の部屋を寝室にして、そこへ安物のベッドを置いて、夜は、例の幽谷を見おろす、陰気な断崖の、人里離れた岩窟の様なその部屋に、独りで寝泊りしていました。