では「妖虫事件」というのは、一体どの様な出来事であったか、それを語るには、順序として、先ず大学生相川守の好奇心から説き起すのが、最も適当かと思われる。
相川青年は、多くの会社の重役を勤め事業界一方の驍将として人に知られている相川操一氏の長男であって、大学法科の学生なのだが、彼の妹の珠子などが「探偵さん」という諢名をつけていた通り、人一倍好奇心が強くて、冒険好きで、所謂猟奇の徒であったことが、彼の長所でもあり弱点でもあった。
ある晩のこと、日本橋区のある川沿いの淋しい区域にある、料理のうまいのと価の高いのとで有名なソロモンというレストランの食堂に、相川青年と、妹の珠子と、珠子の家庭教師の殿村京子との三人が、食卓を囲んでいた。