しかし残るところ二十数機とはいえ、名にし負う「超空の要塞」である。
長距離攻撃のため投下弾積載量ははなはだしく制限されてはいたが、しかもなお各機優に一噸余の爆弾、焼夷弾を抱いていたのである。
それが午前三時から四時三十分までの一時間半に亙って、つぎつぎと帝都上空を襲い、黎明視界がやや明かとなるやいよいよその猛威を振い、二三重要施設の被害を見るに至ったのである。
しかし残るところ二十数機とはいえ、名にし負う「超空の要塞」である。
長距離攻撃のため投下弾積載量ははなはだしく制限されてはいたが、しかもなお各機優に一噸余の爆弾、焼夷弾を抱いていたのである。
それが午前三時から四時三十分までの一時間半に亙って、つぎつぎと帝都上空を襲い、黎明視界がやや明かとなるやいよいよその猛威を振い、二三重要施設の被害を見るに至ったのである。