同病院の建物の一部は、五百キロ爆弾の直撃を受けて跡方もなく破壊され、数十名の患者と看護婦は重傷を負い、十数名は即死し、残余の患者にたいしては無残なる心理的衝撃をあたえて、病院全体を名状すべからざる混乱におとしいれたのである。
丁度その時、この病院には故五十嵐東三博士夫人が入院していた。
夫人は持病の腎臓疾患が悪化して、二週間前からこの病院の一室に呻吟していた。
同病院の建物の一部は、五百キロ爆弾の直撃を受けて跡方もなく破壊され、数十名の患者と看護婦は重傷を負い、十数名は即死し、残余の患者にたいしては無残なる心理的衝撃をあたえて、病院全体を名状すべからざる混乱におとしいれたのである。
丁度その時、この病院には故五十嵐東三博士夫人が入院していた。
夫人は持病の腎臓疾患が悪化して、二週間前からこの病院の一室に呻吟していた。