私が大学で教わったある西洋人が日本を去る時、私は何か餞別を贈ろうと思って、宅の蔵から高蒔絵の緋の房の付いた美しい文箱を取り出して来た事も、もう古い昔である。
それを父の前へ持って行って貰い受けた時の私は、全く何の気もつかなかったが、今こうして筆を執って見ると、その文箱も小掻巻に仕立直された紅絹裏の裲襠同様に、若い時分の母の面影を濃かに宿しているように思われてならない。
母は生涯父から着物を拵えて貰った事がないという話だが、はたして拵えて貰わないでもすむくらいな支度をして来たものだろうか。
私が大学で教わったある西洋人が日本を去る時、私は何か餞別を贈ろうと思って、宅の蔵から高蒔絵の緋の房の付いた美しい文箱を取り出して来た事も、もう古い昔である。
それを父の前へ持って行って貰い受けた時の私は、全く何の気もつかなかったが、今こうして筆を執って見ると、その文箱も小掻巻に仕立直された紅絹裏の裲襠同様に、若い時分の母の面影を濃かに宿しているように思われてならない。
母は生涯父から着物を拵えて貰った事がないという話だが、はたして拵えて貰わないでもすむくらいな支度をして来たものだろうか。