事の序にもう一つ、この事件を困難にした事情を述べて置くが、初代の母親は少し耳が遠くなっていた。
それに、その夜は夜更しをした上に一寸昂奮する様な出来事もあったので、寝つきが悪かった代りには、僅の間であったが、ぐっすりと熟睡してしまって、朝六時頃に目を覚ましたまでは何事も知らず、少々の物音には気のつかぬ状態であった。
母親は六時に目を覚ますと、いつもする様に、戸を開ける前に、台所へ行って、仕かけて置いた竈の下をたきつけて、少し気掛りなことがあったものだから、茶の間の襖をあけて、初代の寝間を覗いて見たのだが、雨戸の隙間からの光と、まだつけたままの机の上の置電燈の光によって、一目でその場の様子が分った。