四十男の非常に聡明な彼が、あの様な子供だましの脅迫状を真に受けるというのは、何か滑稽な感じがしたけれど、彼にしてはあんなものでも、真面目に怖がるだけの充分の理由があったことに相違ない。
彼はこの事件について彼の知り得たことを、殆ど全く私に打開けていなかったので、彼の様な磊落な男を、これ程まで恐怖させた所の、蔭の事実の恐ろしさは、想像だも出来なかったけれど、彼の真から怖がっている様子を見ると、私もついつり込まれて、華やかな海水浴場の、何百という群衆に取囲まれながらも、何だか変な気持ちになって来るのを、どうにも出来なかった。
誰かの云った「本当にかしこい人殺しは、淋しい場所よりも、却って大群集の真中を選ぶ」という言葉なぞも思出されるのであった。