家内の者に尋ねても、誰も私の持物をなぶった覚えはないと云うことであったが、私の部屋は二階にあって、窓の外は、他家の屋根に続いているのだから、誰かが屋根伝いに忍込もうと思えば、全く出来ぬことではないのだ。
神経のせいだと打消して見ても、何となく安からぬ思いがするので、若しやと、押入の行李を検べて見たが、例の鼻かけの乃木将軍はその都度別状なく元の所に納まっていた。
それからもう一つは、ある日、初代の墓参を済ませて、いつも歩き廻る場末の町を歩いていた時、それは省線の鶯谷に近い処であったが、とある空地に、テント張りの曲馬団がかかっていて、古風な楽隊や、グロテスクな絵看板が好ましく、私はその以前にも一度そこの前にたたずんだことがあったのだが、その夕方、何気なく曲馬団の前を通りかかると、意外なことには、かの諸戸道雄が、木戸口から急ぎ足で出て行く姿を認めたのである。