云うまでもなく、私達の陳述によって、警察を通じて、鶯谷の曲馬団に変事が伝えられ、そこから死体引取りの人がやって来たが、曲馬団の方では、この事件の犯人については全く心当りがないとのことであった。
諸戸は例の異様な推理――少年軽業師友之助が、二つの事件の下手人だという推理を、警察の人達にも、一応物語らねばならぬ羽目となったものだから、警察では一応は曲馬団にも手入れをして、厳重に取調べを行った模様であるが、座員には一人として疑わしい者もなく、やがて曲馬団が鶯谷の興行を打上げて、地方へ廻って行ってしまうと同時に、この曲馬団に対する疑いも、そのまま立消えとなった様子であった。
又、警察は、私の陳述によって、八十位に見える例の怪老人のことも知ったのであるが、その様な老人は、如何程探索しても、発見することが出来なかった。