綾子の美貌はあらゆる新聞に写真版として掲げられ、この美しい娘がと、全読者を仰天させ、戦慄させたが、世間の騒ぎもさることながら、当の伊志田家の人々の悲歎と焦慮とは、その極点に達し、あの陰々たる赤煉瓦の建物の内部は、今やこの世ながらの地獄であった。
狂気の世界であった。
さすがに強情我慢な主人の伊志田氏も、妻を失い、子を失い、しかもそれらの殺人の下手人が綾子であったと聞かされ、確証を見せつけられ、その綾子は今どことも知れぬ他国の空に、ジリジリと狭まってくる警察の網の中に、ただ一人身を悶えているのかと思うと、何をどう考えていいのだか、物思う力も尽きはて、ただ茫然と、狂気の一歩手前に踏みとどまっているばかりであった。