昔しの人は想こそ無上なれと説いた。
逝く水は日夜を捨てざるを、いたずらに真と書き、真と書いて、去る波の今書いた真を今載せて杳然と去るを思わぬが世の常である。
堂に法華と云い、石に仏足と云い、橖に相輪と云い、院に浄土と云うも、ただ名と年と歴史を記して吾事畢ると思うは屍を抱いて活ける人を髣髴するようなものである。
昔しの人は想こそ無上なれと説いた。
逝く水は日夜を捨てざるを、いたずらに真と書き、真と書いて、去る波の今書いた真を今載せて杳然と去るを思わぬが世の常である。
堂に法華と云い、石に仏足と云い、橖に相輪と云い、院に浄土と云うも、ただ名と年と歴史を記して吾事畢ると思うは屍を抱いて活ける人を髣髴するようなものである。