ところで、右の如き事情のみであったなら、江川蘭子は、生長の後、恐らくはダイヴィングの大選手になったことであろうが、彼女の幼時の印象群の内には、この物語を成功小説に終らしめぬ所の、少々毒々しいものがあった。
と云うのは、第一に(この作者は指折り数えることが好きである)彼女の二十三歳の父はアメリカ風の瀟洒たる悪漢であり、彼女の母は飛び切り美しいけれど、近代風の貞操盲目者であったからである。
彼女の父は、日頃口癖の様に「ダグラス・フェアバンクスとなって、王侯貴族の生活をするか、でなければ、第二世仕立屋銀次になり度い」と云っていた。