軍港を内臟してゐる
北川冬彦のこのやうな詩になつて來ると、軍港といふ二字が既にもう軍港のヴイジョンを伴ふのである。
そして「内臟してゐる」で、昔の人が南蠻渡來の人體解剖圖を信じた奇怪さで、馬がそれを「内臟してゐる」眞實を信じさせられてしまふのである。
軍港を内臟してゐる
北川冬彦のこのやうな詩になつて來ると、軍港といふ二字が既にもう軍港のヴイジョンを伴ふのである。
そして「内臟してゐる」で、昔の人が南蠻渡來の人體解剖圖を信じた奇怪さで、馬がそれを「内臟してゐる」眞實を信じさせられてしまふのである。