氣がついた最初の日から幾度私はそのそばに立ち、その音に耳を傾けたことか、しかしその不可思議な美しさを證據だてるどんな美しい思想も湧いては來なかつた。
私はかうも考へてみた。
その音は通常音が人に與へる物的證據を可見的な風景のなかに持つてゐないからかと。
氣がついた最初の日から幾度私はそのそばに立ち、その音に耳を傾けたことか、しかしその不可思議な美しさを證據だてるどんな美しい思想も湧いては來なかつた。
私はかうも考へてみた。
その音は通常音が人に與へる物的證據を可見的な風景のなかに持つてゐないからかと。