それは大阪の市が南へ南へ伸びて行こうとして十何年か前までは草深い田舎であった土地をどんどん住宅や学校、病院などの地帯にしてしまい、その間へはまた多くはそこの地元の百姓であった地主たちの建てた小さな長屋がたくさんできて、野原の名残りが年ごとにその影を消していきつつあるというふうの町なのであった。
吉田の弟の店のあるところはその間でも比較的早くからできていた通り筋で両側はそんな町らしい、いろんなものを商う店が立ち並んでいた。
吉田は東京から病気が悪くなってその家へ帰って来たのが二年あまり前であった。