吉田はその店にそんな娘が坐っていたことはいくら言われても思い出せなかったが、その家のお婆さんというのはいつも近所へ出歩いているのでよく見て知っていた。
吉田はそのお婆さんからはいつも少し人の好過ぎるやや腹立たしい印象をうけていたのであるが、それはそのお婆さんがまたしても変な笑い顔をしながら近所のおかみさんたちとお喋りをしに出て行っては、弄りものにされている――そんな場面をたびたび見たからだった。
しかしそれは吉田の思い過ぎで、それはそのお婆さんが聾で人に手真似をしてもらわないと話が通じず、しかも自分は鼻のつぶれた声で物を言うのでいっそう人に軽蔑的な印象を与えるからで、それは多少人びとには軽蔑されてはいても、おもしろ半分にでも手真似で話してくれる人があり、鼻のつぶれた声でもその話を聞いてくれる人があってこそ、そのお婆さんも何の気兼もなしに近所仲間の仲間入りができるので、それが飾りもなにもないこうした町の生活の真実なんだということはいろいろなことを知ってみてはじめて吉田にも会得のゆくことなのだった。