吉田はその話には非常にしみじみとしたものを感じて平常のお婆さんに対する考えもすっかり変わってしまったのであるが、吉田の母親はまた近所の人の話だと言って、そのお婆さんの死んだあとは例の親爺さんがお婆さんに代わって娘の面倒をみてやっていること、それがどんな工合にいっているのか知らないが、その親爺さんが近所へ来ての話に「死んだ婆さんは何一つ役に立たん婆さんやったが、ようまああの二階のあがり下りを一日に三十何遍もやったもんやと思うてそれだけは感心する」と言っていたということを吉田に話して聞かせたのだった。
そしてそこまでが吉田が最近までに聞いていた娘の消息だったのだが、吉田はそんなことをみな思い出しながら、その娘の死んでいった淋しい気持などを思い遣っているうちに、不知不識の間にすっかり自分の気持が便りない変な気持になってしまっているのを感じた。
吉田は自分が明るい病室のなかにい、そこには自分の母親もいながら、何故か自分だけが深いところへ落ち込んでしまって、そこへは出て行かれないような気持になってしまった。