梶井基次郎 『路上』 自分、自分の意識というもの、そして世界というものが、焦点を外れて泳ぎ出して行くような気持に自分は捕らえられた。 笑っていてもかまわない。 誰か見てはいなかったかしらと二度目にあたりを見廻したときの廓寥とした淋しさを自分は思い出した。 梶井基次郎の名言・名文を読む 用例を検索する → シェア