――己はどうして何時もかうなんだらうな。
己が東京で別れて來た娘だつて、己の方ではあつちが惡いんだとひとりよがりに決めてゐたが、何時もかう云ふ己の事だから、相手を困らせて居たのはひよつとすると己の方かも知れないぞ……などと私は今も今睨めつこした宿のその娘の事から、何時の間にか、そいつの事を忘れたいと思つてかうして旅にまで出て來た東京の娘のことを思ひ耽つてゐる。
僅か一日かそこらの旅路だつたが、昨日のうちに私の出遇つたかずかずの事物――狐を飼つてゐる男、同じ馬車にゆくりなくも乘り合はせた村の花嫁、馬車の中から眺めてゐたセピア色を基調とした夕暮れの風景、――それ等の事物のおかげで、すつかり旅情が身について來た私は、何んだかこのままずつとこの温泉宿に泊つて居たいやうな氣持にもなつたが、また一方、一日も早く東京へ歸つてもう一度私の娘と仲直りをして見たいやうな、さうかと云つて皆の手前も豫定の旅行だけは濟まして行かないと何んだか氣まりが惡いやうな、へんに複雜した氣持のうちに、私はともかくもその宿を出發することにした。