弘にはそのアトリエが、さういふ荒れ果てた庭といふよりか花さける藪といつた方がいいやうなものに取りまかれてゐるために、かへつて大層好もしい場所になつてゐるかのやうな言ひぶりだつたが、さういふロマンチック趣味をあまり持ち合はせてゐない伸子には、それが弘には亡くなつた節子の思ひ出がそれによつて只そつくりそのままになつてゐるからだらう位にしか思へなかつた。
もつとさういふ弘の好みにも自分から近づいてゆき、それを解せなくてはと思ふのだけれど、その一方、彼女自身のはひつてゆく餘地のないやうにすらときどき思へるほど弘の心をいまだに占めてゐる亡き人のさういふ思ひ出に對して彼女自身でも氣まりの惡いやうな氣もちさへもちかねなかつた。
さうして、かうやつて月に二三度は、この家を訪ねて、いま病氣で仆れてゐる弘と、こちらの家と、それから自分の家との間に立つて、一人でやきもきしながらすべての用談を一人で果たさねばならないやうな羽目になつた、われとわが身を、何か羽がひじめにせられるやうな思ひでかへり見ないわけにはいかなかつた。