……或る日、ホテルの裏の水車の道の方へ散歩に行つて歸つてきた私はいつものやうに裏木戸から這入らうとすると、その日はどうしてだかそれが閉つてゐたので、仕方なく、いつもあまり通つたことのない、ホテルの横の、ギヤレエヂや運送店などのある、狹い横町を拔けて行かうとした時、私はふと道ばたに置かれてある一臺の空の荷馬車の傍らに、一本の美しい樹木の立つてゐるのに氣がついた。
はじめにその根かたにいくつとなく眞つ白な花が散らばつてゐて、それが何とも云へぬ好い匂を漂はせてゐるのに氣がついて、それから漸つと注意深く見上げてみると、その青い葉ばかりに見えてゐた樹木は點々とその眞つ白な花を咲かせてゐた。
それはこんな山間の村には珍らしい種類のさるすべりだつた。