どんな風にだつていいから、いまのうちに一度彼女に會つて置きたい……と、そんな考へをとつおいつし出しながら、私はいつとはなしにそのさるすべりの木を背後にしてゐた。
とある朝、深い霧のなかを私は隣りの驛まで汽車に乘り、そこからまた空つぽのバスに乘つて、山の麓に散在してゐる二三の古い小さな部落を通り過ぎながら、だんだん霧が晴れあがり出した時分に、そのO村に着いた。
桑やキヤベツの畠の間に二十ばかりの農家が散らばつてゐるきりのその村の中程から、村の人に教へられた通りに、私は北を向いて、無數の落葉松に掩はれた山腹の方へしばらくの間爪先上りに上つて行つた。